wunderkammer : Etudes pour Ecriture

今の気分の備忘録、あるいは、過去の自分の生き直し

12

彼女と池袋でおよそ半年ぶりの再会を果たした時、どうしようもなく幼稚な私はまだあの時の記憶を甘やかに思い返すことしかできなかった。面と向かって喋るのは何となく気後れするような気がしたが、覚えたての少し濃い化粧した姿を見て戸惑っている私に、少し恥ずかしそうに、あるいは照れくさそうに、笑いかける彼女の表情はあの頃と何も変わらないな、と僅か半年前のことを遥か昔のことのように思い返し、やはり来てよかったと思うのだった。 8人ほどのグループで居酒屋に入った。雑居ビルのエレベーターを昇る時も、入店後テーブルに腰かける時も、彼女の動向をちらちらと視界に収めずにはいられない。アルコールが入る前から軽く上気しているような、もっと言えば浮かれていたのだと思う。

飲み会は静かながら和やかに進んだ。それぞれが近況を報告するだけで十分過ぎる程の話題になった。これまではそれぞれ少しずつ所属する環境が違うとはいえ、同じ高校の同じ部活動を行ってきた者同士だったのだから当然だ。彼らが今どんなところに住んでいて、どんな学校や職場に通っていて、どんなことに興味を持っているのか、そういったこと全てが私にとって刺激的で彼らの今まで見ることのできなかった貌を見ているように思え嬉しかった。進学先や就職先でも茶道を続けているのは私だけで寂しいような気もしたが、同時に茶道以外に夢中になれる物事のある彼らがうらやましかったり、それに引き換え相変わらず茶道を続ける自分が、過去に囚われているような感じがして少し恥ずかしいような気にさえなった。

しばらく経ち、何となくそれぞれが言いたいことも言い終えると束の間の沈黙が訪れた。全員がまるで合わせたようにそれぞれの飲み物に口をつける。いろいろな話を聞けた満足感や長時間喋った疲労感からか、誰ともなくふうと息をつくと、ひとりが沈黙を破るように口を開いた。

「俺、Aちゃんのこと好きだったんだよね。」

聞き違えだと思った。正確に言えば聞き違えであってほしいと思った。突然の発言に周囲の誰もが驚いているようだが、その中で唯一好きと言われた当事者だけは、じっとその言葉を放った彼を見守るように見つめていた。

「今となっては、っていう話なんだけどね。俺卒業前に告白して振られちゃったから。ねえ、Aちゃん。」

そう続けて視線を向けると、彼女は困ったような苦笑いを浮かべるのだった。メイクのせいで印象こそ違うが、私はその表情に見覚えがあった。その表情は私があの3月のバス停で気持ちを伝えたときに見たそれと全く同じものだったからだ。あの時に私の気持ちに「気付かなかった。」と言った彼女は同じ時期に少なくとももう一人の男から同じように告白をされていたのだ。もちろんこの事実によって彼女自身を責めることはできないし、それはあまりにも見当外れな理不尽な感情であることは理解していた。だが、あの時私が全精神をかけてやり遂げたことが相手にとってはなんてことのないただの出来事に過ぎなかったと思うと、また私だけに見せてくれていたと思っていたしぐさや表情を同じ時期に他の男に見せていたのだと思うと、少しがっかりした。いや、がっかりしたというのでは正確ではない。彼女のしぐさや表情を独占する権利など何も持たないのに勝手に独占欲を働かせ、それを勝手に裏切られたと感じたのだ。そして今になってもう一度、彼女に気持ちをフランクに伝えることができてしまう、隣に座る彼に対し、醜くも嫉妬してもいたのだろう。それからどうやって飲み会がお開きになったのか、私は今でも思い出すことができない。

帰りに彼にメールを送った。「俺もあの子のこといいなと思ってた。実は同じ時期に告白もしたんだ。」という、どう返したらいいか全くわからない身勝手極まりないメッセージだ。それに返信してきた彼のメールはこんな内容だった。余りにも爽やかで軽やかでやはり私は嫉妬を覚えてしまうのだった。あの飲み会の席での発言も彼にとっては何ともないものだったのだろう。私は調布へ向かう帰りの京王線の車内で、できるだけ小さくなりながら自分の心の小ささを恥じるばかりだった。

「そうだったのか。教えてくれてありがとう! でもあの子はもう俺らのものじゃない。俺ともお前とも違う世界に住んでる人だから、2人で見守っていこうぜ!」

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