wunderkammer : Etudes pour Ecriture

今の気分の備忘録、あるいは、過去の自分の生き直し

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大学生になってから2度ほど彼女に再会する機会があった。当然のことながらいずれの機会も私と彼女以外の友人を含めての酒席だったし、いずれの機会も私でも彼女でもない誰かから発案されたものだった。ただ私はその度に起こりうるはずもないことを夢想しないではいられなかった。しかもそれは自分から進んでそうするのではなく、あわよくば彼女から誘われてそういう状況になればという、相も変らぬどこまでも薄汚い童貞的精神からくるものだった。もちろんそんな夢想は実際に新宿駅池袋駅で友人たちの到着を待つ頃には消えてなくなってしまうほどの淡いものではあったのだけれど。

はじめは卒業した年の夏休みだったと記憶している。この時はかつて部活動で一緒だった元部員8人ほどが池袋の街に集まることになった。全員が揃う前に男子部員4人で駅前のパルコを散策した。よくわからない趣味の洋服の店に「メンズだから」という理由で入ってみた。歩きながら見つけた豚骨ラーメンの店に入り、替え玉お替り自由というシステムを初めて知った。

思えば大学生活が始まった当初、池袋は地元の友人と集まるためによく目的地となる場所だった。埼玉県に移り住んだ友人が多かったのだろうか、そう考えるとそんなようなそうでもないような気がする。いずれにしろ新宿や渋谷・原宿、ましては東京・有楽町や銀座に比べると躊躇いのない街だったのだろう。サンシャインのある通りを歩きまわり友人たちがパチンコをするのを外でただ待った。パチンコに勝って戻ってきた友人に焼き肉を奢ってもらった。なぜこんなに人と会えていたのだろうと思うほどに、友人たちと毎週のように会っていたような気がする。もしかするとそれは大学生に特有の有り余る退屈や孤独の時間が極端に圧縮され、ときたま友人と遊びに行った記憶だけが前景化されているものなのかもしれない。確かに私は大学入学から秋学期(後期)が始まるまでの丸半年間バイトを一切せずに授業とサークル活動と何の予定もない休日を謳歌していたのだ。今となってはそれほど池袋という街に思い入れはないのだが、少なくともその何となくではあるが楽しかった日々の記憶だけは確実に、頭の片隅に見出すことはできる。仮に本当に毎週のように遊びに行っていたのだとすれば、それはあるいは故郷というアイデンティティを紐帯にして繋がったそれぞれが、都会に出ても何とかまだお互いに繋がり合っていること、またこれからも繋がり合えるのだということを確認するための儀式のようなものだったのだと思う。皆不安で、寂しかったのだ。

そういえばそれ以来会っていない友人もいる。風の噂では地元に帰り家庭を作っている人や、年上の女性と結婚ししっかりとした生活を送っている人もいるという。彼らはあの時彼らを支配していたであろう不安や寂しさに克ったのだろう。そしていま私はこうしてその時の感情を思い出す、より正確に言えばあの時の感情をあの頃の自分になり切って感じることで、何とか自らを慰めることしかできないでいる。

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