wunderkammer : Etudes pour Ecriture

今の気分の備忘録、あるいは、過去の自分の生き直し

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高校を卒業し、八王子の大学へ進学するために18年間育った故郷を離れる直前、私は同じく4月から東京で生活を始める同級生の女性に対し、一方的に抱いていた思いを告白した。そのうえ私のことを気遣いながら返事をくれた相手の反応をほとんど無視するように「もうお互いに別々の生活が始まるから」と、言ったそばから自らの発言を否定し取り消さんばかりの言葉を重ねた。そうして言いたいことだけ言って逃げるようにその場をあとにした私は、あまつさえ彼女の言葉を「返事なんていらなかったのに。あんな言葉聞きたくなかった」と若干の反感を持ちながら思い返していたのだ。その後しばらく私は何だかモヤモヤした感覚を残しながらも、あの時起きたことや考えたこと、目の当たりにした光景の断片たちを綜合して甘酸っぱい青春の1ページのように、愚かながらとらえていた。そう、その時の私はあまりにも愚かだった。

まず異性に自らの気持ちを伝えるということにおいて、言い逃げという行為がいかに卑怯なものかを私はよく知らなかった。友人関係である男女が別の関係へと移行するためには、お互いにあるリスクを背負わなくてはならない。昔のように遊んだり楽しくお喋りすることができなるかもしれないリスクを冒しながら、それでも、それでもいいからと、男女は責任を請け負っては一歩踏み出し、ゆっくりと時には軽々と、一線を越えていくものだろう。私は上京という自らを取り巻く人間関係や生活環境の大きな転換点を言い訳にしてその責任から逃れようとした。そればかりか、私はその行為をむしろ高尚であるとすら考えていた節があった。確かにその状況だけをみれば幾分ドラマチックに見えなくもないけれど、あくまでそればドラマの中での話だ。現実の世界で要するに私は、お互いの関係性に変化を及ぼさない範囲内で、小狡く自分の気持ちだけを相手に伝えようとしたのだ。

次にこれまで私が彼女に対してある一定以上の好意を抱いていた期間の私の言動は、まったくそれを感じさせるものでなかった。高校生活中の私は決して禁欲的な生活をしていたわけではないのに、実際に目の前にいる女性に対してはほとんど無関心の体を貫いていた。本当は交流(もっと言えば接触)したいのに、今となっては不可解なプライドのようなものを壁にしてそれを自ら遠ざけていた。にもかかわらず私は最後の最後になっていきなり行動を起こした。彼女にとってみればそれは迷惑でしかないはずなのに、話を最後まで聞いて、しかも相手のことを気遣いながら言葉を選んで返事をくれた。このことには本来感謝しなければならないはずだ。それなのに私は彼女の気持ちを汲み取るような器用さなどひとつも持ち合わせていなかったために、内心で彼女を傷つけてしまった。

後々になってようやく理解したことだが、あの時私がしたことはあまりにも独り善がりまたは偽善的で観念主義的または理想主義的で女性を自らの憧憬の対象としか、言い換えればあの思い焦がれた彼女をひとりの人として見ていない、そのすべてを併せ含め敢えてひと言であらわすとすればきわめて童貞的な行動であったに違いない。交流が絶たれた今となってはただただ赤面するばかりだが、できればあの時のことを謝りたいと思うとともに、こう思うこと自体がまだあの気味の悪い黒々とした高校時代の鬱屈した精神を引きずっている証拠なのかもしれない、とも感じるのだった。

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