wunderkammer : Etudes pour Ecriture

今の気分の備忘録、あるいは、過去の自分の生き直し

7

私はもう叶うはずのない片思いの相手と会って話をすること、そしてこれまでの気持ちを伝えるだけ伝えてそれ以外に何も求めたりしないことに対して何の疑問も持たなかったしむしろそれが美しいことだとさえ思っていた。だから彼女が約束のバス停に現れた瞬間もまるで幻影を見つめるように、その姿形を視覚的記憶に留めたいという一心で、私は彼女を眺めていた。

コの字になったベンチの一辺に座っていた私に近づきすぎるでも離れすぎるでもなく、少し距離を置いたくらいの位置にちょこんと彼女は腰をかけ、声にならないくらいに微笑んで私の言葉を待った。さっきまで体が硬直するほどに緊張を催していたのだが、なんだかいつものように話をし始めることができた。4月からの生活のことを話した。今まで自分の受験勉強に精一杯だったため、彼女が次の春からどこでどんなことのためにどう生活していくのか、何も知らなかったのだ。言い訳をするなら、地元の高校では大学へ進学するほとんどの学生が推薦を貰って筆記試験を受けずに前の年までに進路を決めていて、私を含め数名だけが、センター試験国公立大学の二次試験を受験していたのだ。例にもれず彼女も、専門学校への入学を早々決めていたそうだ。私はそういう当たり障りないような話をしながら、頭のどこかでは常に(言わなければ。)と思っていた。でも、こうして二人で笑顔で話している時間はどれだけ続いたとしてもきっと貴いもので、この時間を終わらせてしまうのが惜しいような気がした。目の前にある笑顔が今のところ私のためだけに向けられているものであるという現実だけが私の誇れるもののように思え、何だかくすぐったくも感じた。

とはいえ、私にはそれほど何気ない会話を続ける能力もなかった。ひとしきりしゃべりたいことをしゃべり終えた私は少しの間うつむき、切り出した。

「今更だけど、わざわざ来てくれてありがとうね。どうしてもみんな上京しちゃう前に言わなきゃと思ってたことがあって。」

「えー、何だ何だ。」

こう言って笑う彼女を直視できないまま続けた。

「俺、この1年ちょっとの間受験勉強続けて、行きたかった大学入れたけど、頑張れたのはAちゃんのお陰だったと思ってるよ。教室とか部室とか図書館とかで俺の詰らない話に付き合ってくれたり、夜になってから外で一緒に歩いたりしたのが、何ていうか、力になったと思ってる。正直言うと教室でAちゃんが一人座ってるのを何となく眺めてるだけでなぜかやる気になったし。」

彼女はここまで私が話したところで急にことを理解したようだった。うつむいた姿勢を崩さないまま少しだけ視線をあげるとさっきまでの笑顔を崩さないように両手を固く握っているのが分かった。私は次の言葉を発するのに苦労したが、つかえつかえ口ごもりながらようやく言い放った。

「好きだったんだ。でももうこれから新しい生活がお互いに始まるから別に付き合うとかそういうことじゃなくて、何ていうか今までありがとう、お互いこれからも頑張っていこうね、みたいな意味でね。」

自分で言い放った言葉を取り繕うように後ろの言葉はスラスラと流れ出た。これでやり切った。そう思うと一気に全身の力が抜け少し震えるようだった。視線をあげると彼女の表情はどこかぎこちない笑顔に変わっていた。

「そうだったんだ。全然気づかなかった。ごめん。」

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