wunderkammer : Etudes pour Ecriture

今の気分の備忘録、あるいは、過去の自分の生き直し

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3月も半ばを過ぎる頃になると、八丈島に流れる風はわずかな湿気を帯び始め、日中は柔らかでありながら暖かい日差しが窓辺から自室に差し込むようになる。私の周りを取りまく全てが日ごとに春めいてきて、呼吸する空気にまで何となく色彩が与えられたような感覚になる。受験勉強を終えた私はそんな空気とともにどことなく浮ついてしまいたくなるような気持ちを抑えながら、昼間はもうそれほど必要と思わなくなった炬燵に潜り込み、両親がかつて買い集めたであろう本を読み漁る日が続いていた。

この日の夜に控えた、今ある生活にとって重要に違いないはずの瞬間を、私は一方で早く来てくれと願いながら、今一方ではできる限りこの中途半端な状態の時間が、延長に延長を重ねながらでも良いから続いて欲しいと思うのだった。この日私は1年以上片思いを続けた女性へ気持ちを伝えようとしていたのだ。しかも交際を申し出るのではなく、これから始まる新たな生活へ向けて後悔を残さないための自分なりの「けじめ」として、ただそうであったと伝えようとしていたのだ。

夜は思っていたよりもあっけなく来た。味のしない夕飯を自動的に済ませ、私は昂ぶる気持ちを落ち着けるために近くのもう廃校となった母校の校舎跡へ足を向けた。照明の無い校庭を横切って今でもたまに使われている体育館脇の裏口から坂道を下れば、そこは彼女と約束をしているバス停だ。時間までまだ余裕があったからとりあえずそこで心を落ち着けようと思ったのだ。八王子の大学で独り机に向かいながら入学試験を受けた時も、その大学の合格発表の2日後に起きたあの大きな地震の時にだって全く動じなかった私の精神も今は、台風の日の海に浮かぶブイのように激しく跳ね上がったり沈んだりを繰り返した。なんの比喩でもなく、心臓が口から飛び出そうな感覚が襲い、気分が悪くなるばかりで、何を考えていたのか全く覚えていないが、普段から日常的な会話とか話題を取り替えながらその場を繋ぐということが苦手だった私は、恐らくどんな「何気ない」話から始めて最終的にあの話題を持ち出そうか、策を練っていたのではないだろうかと思う。

もうどうにでもなってしまえという、ここまでくればもう清々しいとさえ思える投げ遣りな気持ちが心を占めるようになっていた。約束の時間が近づいていることに気づき、それまで考えていたことを綺麗に忘れバス停へ向かった。このバス停は全体が小屋のようになっていて、夜になるとまだひんやりとするこの時期の風を凌げるのと、大部分の人々にとっての主要な移動手段が自動車であるこの島では、夕方6時頃には既に終バスの時間であったため、私を含むこの地域の十代にとってここは、友人と駄弁るための場所でもあった。ベンチにゆっくりと腰を掛けると、ここで友人たちと話したいろいろが思い出された。いつでも私は会話の中心になることができたし、皆も自らの話題を持ち寄って話した。誰がどんなことを言っても他の誰も咎めたり窘めたり、聞かなかったことにするようなことなどなかった。そこにいた皆が、お互いがお互いの片思いの相手を知っていたし、誰かが憤っていたらそれを共有したし、口を揃えて陰口も叩いたし、時を忘れ笑いあうことだってあった。今そこで私はその18年間にけりをつけるかのように、一人の女性を待っているのだ。

街灯がぼんやりと照らす道に小さな影が現れ視界の端を流れた。彼女は毛足の長いタオルのような生地のパジャマ姿で、その袖を伸ばして手を温めながら私のところに来た。私はまた簡単に今まで頭の中を去来していたいろいろを綺麗に忘れ一時その光景を眺めていた。もうこれで良いな、と思った。

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