wunderkammer : Etudes pour Ecriture

今の気分の備忘録、あるいは、過去の自分の生き直し

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受験生としての生活が終わり、18年間育った故郷を離れるまでのカウントダウンが始まった。鬱屈した受験のための勉強を続ける生活からの解放感やこれから始まる大学生としての生活への期待感に後押しされるように、私はある計画を実行に移そうとしていた。ここ1年ほど片思いをし、受験のための勉強を強いられた生活の中での精神を(本当に勝手にだが)支えてくれていた女性への自らの気持ちの告白だ。きっとそれはその頃の高校生には極めてありがちなものであったであろうにも拘らず、私にとってそれはあまりにも困難であり、あまりにも現実離れした行動のように思われた。その頃は自らの考えと行動がほとんど完全にイコールで結ばれていたから、その二項の間に他人の考えることであったり世間の常識であったりを差し挟もうなど考えようもなかった。付き合うとか付き合わないとかでは断じてない、私は彼女に対してこれまでの1年間の思いや感謝だけを率直に伝えようとした。これが唯一絶対の清廉で正当な方法と信じていた。

まずは彼女と二人で会う約束を取り付けなければならないのだが、その時の私は上京後すぐに当時まだ出始めであったスマートフォンを手にするまでの期間携帯電話を手放していて、メールでの連絡を諦めざるを得ない状況だった。このことを話している親友から彼女の電話番号を聞き、登録されているはずもない自宅の電話から電話をかけた。卒業式を終え、暖かくなり始めた3月半ばの雲のない晩のことだった。浮足立つ心を何とか押さえつけながら呼び出し音から彼女の声が聞こえるのを待っていた。

「え、誰。」

電話に出るなり彼女はそれだけを幾分ぶっきらぼうに放った。もともとあまり感情を外に出すことのない女性であったのだけれどそれは、「無謀な挑戦」を敢行する私にとってあまりにも鋭い刃のようになって私の心臓を一突きにしてしまった。この瞬間後頭部が急激に熱くなり、今まで考えてきた科白がすべて消し飛んでしまうと同時に、自分の取った行動が非常に恥ずかしいことのように思えてきた。

「ごめん。ナオキです。いきなり知らない番号からかけてびっくりしたよね。今携帯がなくて家の電話から掛けてる。」

少なくとも私の意識の中ではこう話したはずだ。頭の中が空っぽになりしどろもどろになるのを乾ききった口元から出る言葉で何とか繋ぎながら状況を説明すると彼女は「あっ」と安心したような声をあげた。そうだ、この声に助けられてきたのだ。私の精神は一挙に潤いを取り戻し、次の日の夜近くのバス停で少し話そうと提案した。これまでに何度も友人たち数人と遊んだり時に二人で出歩いたこともある仲である。彼女からは二つ返事で了承を得ることができた。電話を切った私は文字通り飛び跳ねるように外へ飛び出し、澄み切った春先の夜空に見える星を眺めながら、明日会う約束のバス停までの道を独り歩いてみることにした。思いのたけを全て丁寧に伝えれば相手も必ず理解してくれる、これで心置きなく故郷を去ることができると心から思った。

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