wunderkammer : Etudes pour Ecriture

今の気分の備忘録、あるいは、過去の自分の生き直し

2

仕事からの帰途、とうに日付は替わっていたけれど、遅い夕飯をもとめ革の鞄とポリ袋をそれぞれ左右の手に提げ、スーパー近くの交差点で信号待ちをしていた。暗がりの中ぼうっと浮かび上がるように光を発している信号の色が切り替わるのを動物のようにただ待っていると、荷物を持った両腕が肩のあたりからぼとっと地面に落ちて、バランスを失った胴の部分も背中から倒れてしまうような感覚に陥った。

妄想が信号の点滅によって遮られ、とぼとぼと重力に身を委ねながら歩き出す。すると後ろから楽しそうに話す二人組が私を追い抜いて横断歩道を渡っていった。人気はほとんどない静かな町なのだが彼らの話し声は少し距離を置いていたためよく分からなかった。言葉の雰囲気から察するに楽しそうに会話をしながら小太りの男の方がスーパーのポリ袋を提げ、背の低い女は財布だけ持ち、並んで歩いている。帰り道が同じ方向だから視線の先に常に彼らがいるのが何となくありがたかった。少し人間の感覚を取り戻し、私は彼らと一緒に帰るような気分になり歩調を早めた。

歩きながら考えることはだいたいいつも同じようなことだ(尤も、何も考えず自動的に、気が付いたら自宅の玄関の鍵を開けていることもよくある)。私が過ごしたかった日常はこんなものだっただろうか。このままの生活をつづけていていつか何かしらの形で破綻がくるのではないだろうか。今の生活を変えるとしたらいつなにをどうすればよいだろうか。生活を変えるために今ある環境に対してどうはたらきかけるのがよいのだろうか。今の生活から変わったところでそれは本当に私が過ごしたい日常になるのだろうか。不安に衝き動かされるようにどうしようどうしようと思い悩み、同じところを何度も何度も行き来する姿は、まるで見知らぬ土地で親とはぐれた子供のようだ。大きな声を出して助けを求めようとはせず、眼にいっぱいの涙を溜めながらどうすることもできず、本当は有効な解決策を考えることすら碌にできずにいる。「人生の迷子です。」などという言い方をしてしまうとキャッチーなギャグのようになってしまうが、きっと現状はそんなところだ。

いつの間にか家の近くまで来ていた。視線の先にはまだ二人が歩いていた。私は急に彼らを羨ましく思うようになっていた。多分慎ましい暮らしをしているのだろうけれども、確実に二人は二人だけで幸福だ。少なくとも私にはそう映っている。二人がまだ私と同じ空間にいることにお門違い気味の感謝をするかしないかのところで彼らは、私が独り暮らしをしているアパートの階段を上っていった。あまりにも当然のように階段を上っていったのが私には衝撃的だった。六畳一間の木造アパートである。私は一階の自宅玄関前で振り返られた時のリスクなど全く考えず、家へ入っていくのをじっと見届けた。何となく気になってアパートの入り口にある集合郵便受けのネームプレートを見るとそこには「陽(YAN)」と書かれていた。