wunderkammer : Etudes pour Ecriture

今の気分の備忘録、あるいは、過去の自分の生き直し

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よくラジオ番組を聴いている。もっぱらお笑い芸人が、二人組であればお互いの話題を持ち寄ったり、一人であれば放送作家が合いの手を入れる中で漫談のようなことをしているのを、深夜に独り聴く時間は乾いた生活における唯一といっていい豊かな贅沢であり、何よりも楽しみなことのひとつだ。聴衆との交流という大義名分こそあれ、多くは時間を潰すためのもの、形骸もしくは「成れの果て」に変わり果ててしまって久しいであろう「コーナー」を行っている時間には、私はほとんど興味を持つことができないが、それでも何となく、全部だらだらと聴いてしまう。

「実家の母と話すときの話題のとりとめのなさ」

先日ハライチの岩井勇気トークの中で取り上げたこのテーマが、私の精神の端に引っかかって今も離れないでいる。当初はただ笑って聞いていたのを、時間を経るにつれきわめて真剣に考えだしているのだ。実家に帰った時、たいていの場合は船着き場や空港の到着ロビーから車で一度実家に戻る。車に乗っておおよそ15分程度、ここでまず母と何ともなしにする会話の内容を、私はただのひとつも思い出すことができない。何となくこんなものだっただろう、という想像をするのならば、それらは親戚のおじさんおばさんの最近の体調の話であったり、誰かが亡くなったという報告、また近所にできた新しい商店の繁盛具合といった、いずれもそれらが話題に上ること自体が唯一の目的であって会話を繋ぐことは必要としない、言ってみれば独り言のような内容のものばかりだ。だが、私はその話を聞いて、これも何となくではあるのだが「ああ、実家に帰ってきたんだな。」としみじみと実感と感嘆を伴った感想を、確かに心で漏らさないでいられなくなる。その話題に話としての面白さはなく、むしろ深入りしたところで霧のようにふっとなくなってしまうような儚いものではあるのだけれど、その端々から生々しい生活が、そして裏側からはどこかうら寂しく漠然と「死」を予感させるようなものを感じる。実家で暮らす人々の寝食をすぐそばで見聞きし、息遣いすら聞こえてくるほどに顔を近付けて初めて感じることのできる生活の「臭い」であったり、廃墟に魅入られてつい這入り込んでしまうときのような死の「匂い」である。そしてそのにおいが私の精神の端の方で眠るようにして潜んでいる「実家の感覚」を呼び起こすのだと思う。

昼前の、騒音などどこからも聞こえてくることなく、外に干した洗濯物がさわさわと風にそよぐ音だけがする中で読書をしていた時間。昼下がり、寝転がりながら部屋に差し込む陽光を眺めていると、その作り出す影が時間を経るに従ってその姿形を僅かずつ変えてゆく光景。夕飯を食べた後あてもなく出かけた時に向かいのスナックから聞こえてくる、酒に酔ってほとんど聴けたものではない知らないおじさんのカラオケの歌声や、夜更かしが過ぎてしまい起き通しになって朝を迎える頃、明けかけた空を割るように響くクシャミの一音もそう。ろうそくの炎がひとつずつ灯されてゆくように、これらのシーンがふと頭の中に浮かぶ。実家での生と死のにおいのついた出来事が私の精神の中に巣食うように存在し、ハライチ岩井がした「実家の母と話すときの話題のとりとめのなさ」の話が、実家に帰った時に交わす母との会話のようにそれらを呼び起こしたということだろう。

「実家の感覚」について、もう少し突き詰めて考えたい。生の臭いや死の匂いを伴った独り言のような話を表現として成立させてみたい。私小説の可能性、等と言ってしまうと大分大袈裟な言い方だから、ここは「私」の可能性と言っておきたいと思う。

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彼女と池袋でおよそ半年ぶりの再会を果たした時、どうしようもなく幼稚な私はまだあの時の記憶を甘やかに思い返すことしかできなかった。面と向かって喋るのは何となく気後れするような気がしたが、覚えたての少し濃い化粧した姿を見て戸惑っている私に、少し恥ずかしそうに、あるいは照れくさそうに、笑いかける彼女の表情はあの頃と何も変わらないな、と僅か半年前のことを遥か昔のことのように思い返し、やはり来てよかったと思うのだった。 8人ほどのグループで居酒屋に入った。雑居ビルのエレベーターを昇る時も、入店後テーブルに腰かける時も、彼女の動向をちらちらと視界に収めずにはいられない。アルコールが入る前から軽く上気しているような、もっと言えば浮かれていたのだと思う。

飲み会は静かながら和やかに進んだ。それぞれが近況を報告するだけで十分過ぎる程の話題になった。これまではそれぞれ少しずつ所属する環境が違うとはいえ、同じ高校の同じ部活動を行ってきた者同士だったのだから当然だ。彼らが今どんなところに住んでいて、どんな学校や職場に通っていて、どんなことに興味を持っているのか、そういったこと全てが私にとって刺激的で彼らの今まで見ることのできなかった貌を見ているように思え嬉しかった。進学先や就職先でも茶道を続けているのは私だけで寂しいような気もしたが、同時に茶道以外に夢中になれる物事のある彼らがうらやましかったり、それに引き換え相変わらず茶道を続ける自分が、過去に囚われているような感じがして少し恥ずかしいような気にさえなった。

しばらく経ち、何となくそれぞれが言いたいことも言い終えると束の間の沈黙が訪れた。全員がまるで合わせたようにそれぞれの飲み物に口をつける。いろいろな話を聞けた満足感や長時間喋った疲労感からか、誰ともなくふうと息をつくと、ひとりが沈黙を破るように口を開いた。

「俺、Aちゃんのこと好きだったんだよね。」

聞き違えだと思った。正確に言えば聞き違えであってほしいと思った。突然の発言に周囲の誰もが驚いているようだが、その中で唯一好きと言われた当事者だけは、じっとその言葉を放った彼を見守るように見つめていた。

「今となっては、っていう話なんだけどね。俺卒業前に告白して振られちゃったから。ねえ、Aちゃん。」

そう続けて視線を向けると、彼女は困ったような苦笑いを浮かべるのだった。メイクのせいで印象こそ違うが、私はその表情に見覚えがあった。その表情は私があの3月のバス停で気持ちを伝えたときに見たそれと全く同じものだったからだ。あの時に私の気持ちに「気付かなかった。」と言った彼女は同じ時期に少なくとももう一人の男から同じように告白をされていたのだ。もちろんこの事実によって彼女自身を責めることはできないし、それはあまりにも見当外れな理不尽な感情であることは理解していた。だが、あの時私が全精神をかけてやり遂げたことが相手にとってはなんてことのないただの出来事に過ぎなかったと思うと、また私だけに見せてくれていたと思っていたしぐさや表情を同じ時期に他の男に見せていたのだと思うと、少しがっかりした。いや、がっかりしたというのでは正確ではない。彼女のしぐさや表情を独占する権利など何も持たないのに勝手に独占欲を働かせ、それを勝手に裏切られたと感じたのだ。そして今になってもう一度、彼女に気持ちをフランクに伝えることができてしまう、隣に座る彼に対し、醜くも嫉妬してもいたのだろう。それからどうやって飲み会がお開きになったのか、私は今でも思い出すことができない。

帰りに彼にメールを送った。「俺もあの子のこといいなと思ってた。実は同じ時期に告白もしたんだ。」という、どう返したらいいか全くわからない身勝手極まりないメッセージだ。それに返信してきた彼のメールはこんな内容だった。余りにも爽やかで軽やかでやはり私は嫉妬を覚えてしまうのだった。あの飲み会の席での発言も彼にとっては何ともないものだったのだろう。私は調布へ向かう帰りの京王線の車内で、できるだけ小さくなりながら自分の心の小ささを恥じるばかりだった。

「そうだったのか。教えてくれてありがとう! でもあの子はもう俺らのものじゃない。俺ともお前とも違う世界に住んでる人だから、2人で見守っていこうぜ!」

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大学生になってから2度ほど彼女に再会する機会があった。当然のことながらいずれの機会も私と彼女以外の友人を含めての酒席だったし、いずれの機会も私でも彼女でもない誰かから発案されたものだった。ただ私はその度に起こりうるはずもないことを夢想しないではいられなかった。しかもそれは自分から進んでそうするのではなく、あわよくば彼女から誘われてそういう状況になればという、相も変らぬどこまでも薄汚い童貞的精神からくるものだった。もちろんそんな夢想は実際に新宿駅池袋駅で友人たちの到着を待つ頃には消えてなくなってしまうほどの淡いものではあったのだけれど。

はじめは卒業した年の夏休みだったと記憶している。この時はかつて部活動で一緒だった元部員8人ほどが池袋の街に集まることになった。全員が揃う前に男子部員4人で駅前のパルコを散策した。よくわからない趣味の洋服の店に「メンズだから」という理由で入ってみた。歩きながら見つけた豚骨ラーメンの店に入り、替え玉お替り自由というシステムを初めて知った。

思えば大学生活が始まった当初、池袋は地元の友人と集まるためによく目的地となる場所だった。埼玉県に移り住んだ友人が多かったのだろうか、そう考えるとそんなようなそうでもないような気がする。いずれにしろ新宿や渋谷・原宿、ましては東京・有楽町や銀座に比べると躊躇いのない街だったのだろう。サンシャインのある通りを歩きまわり友人たちがパチンコをするのを外でただ待った。パチンコに勝って戻ってきた友人に焼き肉を奢ってもらった。なぜこんなに人と会えていたのだろうと思うほどに、友人たちと毎週のように会っていたような気がする。もしかするとそれは大学生に特有の有り余る退屈や孤独の時間が極端に圧縮され、ときたま友人と遊びに行った記憶だけが前景化されているものなのかもしれない。確かに私は大学入学から秋学期(後期)が始まるまでの丸半年間バイトを一切せずに授業とサークル活動と何の予定もない休日を謳歌していたのだ。今となってはそれほど池袋という街に思い入れはないのだが、少なくともその何となくではあるが楽しかった日々の記憶だけは確実に、頭の片隅に見出すことはできる。仮に本当に毎週のように遊びに行っていたのだとすれば、それはあるいは故郷というアイデンティティを紐帯にして繋がったそれぞれが、都会に出ても何とかまだお互いに繋がり合っていること、またこれからも繋がり合えるのだということを確認するための儀式のようなものだったのだと思う。皆不安で、寂しかったのだ。

そういえばそれ以来会っていない友人もいる。風の噂では地元に帰り家庭を作っている人や、年上の女性と結婚ししっかりとした生活を送っている人もいるという。彼らはあの時彼らを支配していたであろう不安や寂しさに克ったのだろう。そしていま私はこうしてその時の感情を思い出す、より正確に言えばあの時の感情をあの頃の自分になり切って感じることで、何とか自らを慰めることしかできないでいる。

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モノを売ったり買ったりすることについて、並行輸入品という特殊な商品を取り扱う業界に身を置くようになって疑念を抱く瞬間が多くなってきた。社会人として、もっと言うのであれば「大人」として、うまくやっていくためにはこういったことを深く考えることはせずに会社の利益を優先しなくてはならないだろうし、自らの出世のために結果を残し続けなければならないだろう。つまりこれから考えながら書いてゆくことは実生活上考える必要のないことであり、ともすれば考えてはいけないことなのだろう。だが私はそれを考えずにはいられない。

モノには定価というのもがある。それは購入するうえでも販売するうえでも常についてまわる、売買行為におけるひとつの基準だといえる。もちろん基本的にはモノを定価で買い、また定価で売るのが常識であるのだが、その定価を度外視して購入・販売できるのが並行輸入という商品の仕入れ方法だ。定価という基準は国によって異なる。それは○○・ジャパンなどという名称の日本国内での正規代理店が存在するためであり、国内正規代理店が一定の基準のもと価格を定めるのが定価という仕組みだ。そして並行輸入という方法はその国ごとの定価の違いであったり為替の差などから日本の定価とは違う価格で大量に(一度に大量に購入することでの値引きもあるのだろう)仕入れるのだ。多くの場合定価よりも安くなるのだが、中には日本国内の正規代理店でほとんど取り扱いがない(できない)商品に関しては定価を上回る「プレミア価格」になることもある。

前提としてそうした仕入れ方法による価格差が生じるなかで、モノを買うとはどういうことなのだろうか。私は購入する行為を使用の前段階である、販売者あるいは製造者、そしてそのブランドに対し、敬意をもってその対価を支払うための行為だと考えている。つまり価格とは販売者・製造者・ブランドをどれだけ評価しているか、そしてそのためにいくら支払えるかを示す指標のようなものだ。一方でモノを売ることは、製造者が直接販売を行う場合であっても輸入業者などを経て代理店もしくは販売店が販売をある種「代行」する場合であっても、商品が製造され、その場に提供されるまでのコストや販売するための施設費、人件費などを併せ含めたものが価格として設定される。相対的に定価の安い国の販売店で、大量に購入することで安価に商品を輸入すること、つまり並行輸入で安く売買することそれ自体の是非を問うつもりはない。私が疑問に思うのは、プレミア価格となるような商品を売買する場合、その余剰分の金銭は何に、誰に対して支払われるのか、ということだ。販売員として糊口を凌ぐ我が身を考えると堂々と言うことに躊躇いがないわけではないが、結論を先にすれば定価以上で販売されているものに関しては、私は購入すべきではないと思う。私は既に購入することを「敬意をもってその対価を支払う」ことと述べた。その考え方で言えばプレミア価格のモノを購入することは、一見すると余剰分の価値をそのブランドに見出していることに見えるが実際は違う。すなわちプレミア価格の余剰分の金銭は、販売者・製造者・ブランドのいずれにも支払われないのだ。プレミア価格で売買が行われるとき、余剰分の金銭は例外なくそれを仕入れることのできた「媒介者」にしか支払われない。世ではそれを転売屋と呼ぶこともあるようだが、私はそういった人々が何ともないような顔をして持ってくるモノを買い取ること、そして定価よりもはるかに高い値段で仕入れたモノを目の前にして「やっと見つけた」という表情で嬉しそうにしている人々へ販売することに、後ろめたさのような感情を抱かずにはいられない。この瞬間私はそのブランドを愛する資格を失ってしまう。悪いお金稼ぎをしているように思えてくる。「それにそこまでの価値はありませんよ。」と断言してしまいたくなる。目の前の人が湛える嬉しそうな表情が凍り付く瞬間を期待してしまう。そして、そこに私が存在していることが耐え難い苦痛に感じる。

こういうことを考えてしまう私は間違いなく会社(社会)にとっては害悪でしかない。だが私は労働という、常に狂気と隣り合わせであり、人間から詩的な感受性や哲学的な思考能力を奪い去ってしまうおこないでありながら、それでいて少なくともこの国では「義務」とされている行為を続けざるを得ない中であっても、自我を維持するために、そしていつでも物事の本質を見失わないために考え続ける。これは私が社会で何とかやっていくためのひとつの宣言だ。

9

高校を卒業し、八王子の大学へ進学するために18年間育った故郷を離れる直前、私は同じく4月から東京で生活を始める同級生の女性に対し、一方的に抱いていた思いを告白した。そのうえ私のことを気遣いながら返事をくれた相手の反応をほとんど無視するように「もうお互いに別々の生活が始まるから」と、言ったそばから自らの発言を否定し取り消さんばかりの言葉を重ねた。そうして言いたいことだけ言って逃げるようにその場をあとにした私は、あまつさえ彼女の言葉を「返事なんていらなかったのに。あんな言葉聞きたくなかった」と若干の反感を持ちながら思い返していたのだ。その後しばらく私は何だかモヤモヤした感覚を残しながらも、あの時起きたことや考えたこと、目の当たりにした光景の断片たちを綜合して甘酸っぱい青春の1ページのように、愚かながらとらえていた。そう、その時の私はあまりにも愚かだった。

まず異性に自らの気持ちを伝えるということにおいて、言い逃げという行為がいかに卑怯なものかを私はよく知らなかった。友人関係である男女が別の関係へと移行するためには、お互いにあるリスクを背負わなくてはならない。昔のように遊んだり楽しくお喋りすることができなるかもしれないリスクを冒しながら、それでも、それでもいいからと、男女は責任を請け負っては一歩踏み出し、ゆっくりと時には軽々と、一線を越えていくものだろう。私は上京という自らを取り巻く人間関係や生活環境の大きな転換点を言い訳にしてその責任から逃れようとした。そればかりか、私はその行為をむしろ高尚であるとすら考えていた節があった。確かにその状況だけをみれば幾分ドラマチックに見えなくもないけれど、あくまでそればドラマの中での話だ。現実の世界で要するに私は、お互いの関係性に変化を及ぼさない範囲内で、小狡く自分の気持ちだけを相手に伝えようとしたのだ。

次にこれまで私が彼女に対してある一定以上の好意を抱いていた期間の私の言動は、まったくそれを感じさせるものでなかった。高校生活中の私は決して禁欲的な生活をしていたわけではないのに、実際に目の前にいる女性に対してはほとんど無関心の体を貫いていた。本当は交流(もっと言えば接触)したいのに、今となっては不可解なプライドのようなものを壁にしてそれを自ら遠ざけていた。にもかかわらず私は最後の最後になっていきなり行動を起こした。彼女にとってみればそれは迷惑でしかないはずなのに、話を最後まで聞いて、しかも相手のことを気遣いながら言葉を選んで返事をくれた。このことには本来感謝しなければならないはずだ。それなのに私は彼女の気持ちを汲み取るような器用さなどひとつも持ち合わせていなかったために、内心で彼女を傷つけてしまった。

後々になってようやく理解したことだが、あの時私がしたことはあまりにも独り善がりまたは偽善的で観念主義的または理想主義的で女性を自らの憧憬の対象としか、言い換えればあの思い焦がれた彼女をひとりの人として見ていない、そのすべてを併せ含め敢えてひと言であらわすとすればきわめて童貞的な行動であったに違いない。交流が絶たれた今となってはただただ赤面するばかりだが、できればあの時のことを謝りたいと思うとともに、こう思うこと自体がまだあの気味の悪い黒々とした高校時代の鬱屈した精神を引きずっている証拠なのかもしれない、とも感じるのだった。

8

心の底に澱んでいた膿のようなものが全て取り除かれ、清々しい気分で帰途に就くはずだった。心地よい感傷が心を支配して泣くわけでもないのに涙を流してしまうかもしれない、と青臭い期待を抱いてすらいた。だがその期待は裏切られ、私はどうも釈然としないモヤモヤとした感覚を抱えたまま独りに戻ることになった。

「ごめん。」と言う彼女の苦々しい表情の意味が私にははじめ理解できなかった。というよりも、その言葉や表情の意味を理解しようとする前に、私が抱いていた希望を簡単に奪ったその一言に、不満にも近い疑念を持ってしまったといった方が正確だろう。なぜ彼女は、私が求めてもいない「回答」を出してきたのか。彼女の決してはっきりとした言い方ではないが、弁解や反論を許さないような「拒絶」が、私がありえたかもしれない日々を夢想することを決定的に不可能にしてしまったのだ。「気づかなかった。」という言葉は彼女が私の気持ちに文字通り気づいていなかった以上に、私を恋愛および好意を抱く対象として全く見ていなかったということと同意だ。私に見せる一挙手一投足に気を揉んでいる間、彼女自身は何も考えていなかったということだ。もちろん、彼女が私のことをどう思っている(た)かはこの時本質的なことではなかったはずだった。私が目的としていたことはあくまで私の気持ちそれだけを、とにかくただ伝えることであったからだ。だが不意にその言葉と態度を目の当たりにして、それでも彼女に対する感謝や好意を率直に感じることができるほど、私の心は寛大ではなかった。そういった色恋沙汰について、私はあまりにも狭小な考え方しかできなかったのだと、今となっては思うのだが、この時そうは思えなかった。

気持ちを伝えただけなのに、恋に破れたような気分にさせられたことに、どうしても私は納得ができなかった。はっきりと「いや、そういうことじゃないんだ。」と言って弁解をしたかった。ただ、彼女の困り切ったような表情が、言葉を返すことさえ拒絶するようだった。言ったところでもうどうにもならない、どんなに弁解したって状況は変わらないばかりか、そうして言葉を重ねていけば今以上に彼女との距離ができてしまう。そう思うと故郷を出る前の私には何も言うことができなかった。

「うん。そうだと思った。でも本当にありがとうね。今日もこうして来てくれた。」

これ以上言葉を繋げなくなった私は半分逃げるように別れの言葉を切り出した。彼女はどこか安心したようにいつものように笑顔を取り戻して、何事もなかったかのように「じゃあね。」と言い放つと軽やかにバス停を出て行った。その姿をしばらく見送っていたら、元々こういう飄々とした感じに惹かれたのだと、青い感覚が再びしみじみと湧き上がってくるように思い出された。よし、と自分を励ますように言い聞かせバス停を出ると、夜風が体に染み入るように吹き抜けるのだった。まだ寒い。春はもう少し先なのだと思った。

7

私はもう叶うはずのない片思いの相手と会って話をすること、そしてこれまでの気持ちを伝えるだけ伝えてそれ以外に何も求めたりしないことに対して何の疑問も持たなかったしむしろそれが美しいことだとさえ思っていた。だから彼女が約束のバス停に現れた瞬間もまるで幻影を見つめるように、その姿形を視覚的記憶に留めたいという一心で、私は彼女を眺めていた。

コの字になったベンチの一辺に座っていた私に近づきすぎるでも離れすぎるでもなく、少し距離を置いたくらいの位置にちょこんと彼女は腰をかけ、声にならないくらいに微笑んで私の言葉を待った。さっきまで体が硬直するほどに緊張を催していたのだが、なんだかいつものように話をし始めることができた。4月からの生活のことを話した。今まで自分の受験勉強に精一杯だったため、彼女が次の春からどこでどんなことのためにどう生活していくのか、何も知らなかったのだ。言い訳をするなら、地元の高校では大学へ進学するほとんどの学生が推薦を貰って筆記試験を受けずに前の年までに進路を決めていて、私を含め数名だけが、センター試験国公立大学の二次試験を受験していたのだ。例にもれず彼女も、専門学校への入学を早々決めていたそうだ。私はそういう当たり障りないような話をしながら、頭のどこかでは常に(言わなければ。)と思っていた。でも、こうして二人で笑顔で話している時間はどれだけ続いたとしてもきっと貴いもので、この時間を終わらせてしまうのが惜しいような気がした。目の前にある笑顔が今のところ私のためだけに向けられているものであるという現実だけが私の誇れるもののように思え、何だかくすぐったくも感じた。

とはいえ、私にはそれほど何気ない会話を続ける能力もなかった。ひとしきりしゃべりたいことをしゃべり終えた私は少しの間うつむき、切り出した。

「今更だけど、わざわざ来てくれてありがとうね。どうしてもみんな上京しちゃう前に言わなきゃと思ってたことがあって。」

「えー、何だ何だ。」

こう言って笑う彼女を直視できないまま続けた。

「俺、この1年ちょっとの間受験勉強続けて、行きたかった大学入れたけど、頑張れたのはAちゃんのお陰だったと思ってるよ。教室とか部室とか図書館とかで俺の詰らない話に付き合ってくれたり、夜になってから外で一緒に歩いたりしたのが、何ていうか、力になったと思ってる。正直言うと教室でAちゃんが一人座ってるのを何となく眺めてるだけでなぜかやる気になったし。」

彼女はここまで私が話したところで急にことを理解したようだった。うつむいた姿勢を崩さないまま少しだけ視線をあげるとさっきまでの笑顔を崩さないように両手を固く握っているのが分かった。私は次の言葉を発するのに苦労したが、つかえつかえ口ごもりながらようやく言い放った。

「好きだったんだ。でももうこれから新しい生活がお互いに始まるから別に付き合うとかそういうことじゃなくて、何ていうか今までありがとう、お互いこれからも頑張っていこうね、みたいな意味でね。」

自分で言い放った言葉を取り繕うように後ろの言葉はスラスラと流れ出た。これでやり切った。そう思うと一気に全身の力が抜け少し震えるようだった。視線をあげると彼女の表情はどこかぎこちない笑顔に変わっていた。

「そうだったんだ。全然気づかなかった。ごめん。」